笑うてる奴が一番強い

baby_laugh
(Photo:Tiberiu Oancea)

一昔前のアクション映画や刑事ドラマには「笑っていられるのも今のうちだぜ」という台詞がよく登場した。
「コノヤロー、何を笑っていやがる!笑っていられるのも今のうちだぜ、覚えてやがれ!」という一連の台詞。

この台詞を吐いている方は、だいたい悪役。
この台詞を吐かれている方は、だいたい主人公(ヒーロー)。
そしてだいたい主人公が勝つ(まあそうだろうね)。

私の座右の銘は今日のタイトルの「笑うてる奴が一番強い」
いつからそんなことを座右の銘にしたのか定かではないが、若い頃からよく笑い顔と言われてきた。

時にはもう少し真面目に人の話を聞け!なんてことを言われたような記憶もあるが、基本、何も茶化しているわけではなく、おもしろがって笑っているわけでもない。そんな顔だと思われていたのだからそれは仕方がないこと。
本人としてはそんな顔をしているとは思ってないのだが、目尻が下がっているのか、口角が上がっているなのか、まあそんなところだろうか。そう言われるがすごくイヤだった頃がある。

だけど、自分の笑い顔への嫌悪感がいつしか消えていった。
具体的にいつだったか忘れたが、今から15年以上前のある日、仕事で現業部門への応援があったとき、同僚から「こんなキツいのによく笑ってられるね」と言われたことがある。
そのときに初めて「しんどいときに笑ってると他人から見て、こいつアホか、変人か?」と思われ、呆れられ、やがて「あいつ、強いな」と思われるんじゃないか、ということを思ったのだ。

冒頭の台詞や、野球、テニス、サッカーなどのスポ根漫画などで主人公が上級生やコーチからいじめのような練習を受けるシーンなどでも笑いながら「もういっちょこい!」と笑いながら凄み、上級生、コーチのほうが根を上げるというシーンがある。

性格的に自分をストイックに追い込むことはできないのだが、なぜかしんどくても笑うことはできる。
「笑う」ことはハートの強さなんだとその頃から考えるようになった。強くはないけど、笑ってさえいれば強さは後からついてくるんだろうと思って笑った。

笑う門には福来たる
笑いは人の薬
笑う顔に矢立たず

「笑う」ことに関することわざもある。
困難なときこそ、笑ってコトや人と向き合おう。
笑うことは万病の薬になるはずだ。写真の赤ちゃんのような笑顔はできないが、笑顔に人は癒されるし、幸せな感情に包まれる。勇気ももらえる。
何の裏付けもないが、そういう奴にいつかラッキーは舞い込むと信じ込んでいる。

明日は自分の49回目の誕生日。一日笑って過ごしたいと思う。

打率より打数で勝負を。がんばれ、ルーキー

2015年4月1日、今年も新年度が始まった。
毎年、都内主要駅では入社式に向かうルーキーたちとふだん通りに通勤する先輩たちで大混雑。今年はいろんな事情によりこのルーキー・デーを自宅で迎えており、駅の喧騒が見られないのは少し寂しいが、どこかホッとしていたりもする。

Facebookのアプリで「過去のこの日」をチェックしてみると、
2014年4月1日は「通勤ラッシュに不慣れな輩が多すぎる!」と怒っている(笑)、4年前の2011年4月1日は当時勤務していた会社で新たな役職を兼務し、大忙しになった一年のスタート日でもある(社会人22年目)。

もう何年も自分の直属で新人を預かったことがないので、正直、新人の扱いには慣れてないのだが、みんなどんな思いで会社勤めするんだろうね。自分のことはもう忘れてしまったけど、いちおう「よし、がんばるぞ!」とか「早くみんなから頼られる存在になるぞ」とか考えていたんだろうな。たぶん具体的な目標とかは持ち合わせてなかったと記憶する。
いまどきのルーキーたちはどうだろう。いろんな働き方があるとか、自分らしく生きたいとか、オジサンたちのルーキー時代とはずいぶん社会環境が変わってしまってるけど、人間として必要なことってあんまり変わってないし、大手企業なんかだと求められる資質や素養も昔と今で変化ないと思う。

先日、旧友と食事していて、盛り上がったことがあるのだが「義務を果たしてないのに権利ばかりを主張する人が多くなった気がする」ということ。ただの一分も働いてないのに、会社から受けられる福利厚生や昇給賞与の話をしてくる。結婚しても働きやすいか、とか、子ども生んでもすんなり戻ってこれる環境か?などなど。一分も働いてないし、一円の利益貢献もしてないのにですよ。
まあ、自分もそうだったかもしれないけど、ある程度の大人になるとそういうところ、大切だと感じる。

まずは汗水流して働いて、会社に、社会に、地域に、周囲の人に貢献することです。
権利主張はその後で良い。十分間に合う。

社会に出るということは厳しい現実を幾度となく突きつけられるということ。
思うようにいかないことはしょっちゅうだし、上司は選べないし、給料も思った以上に上がらない。
西川きよし師匠はかつて議員選に出馬した際「小さなことからコツコツと」と言った。結局のところまずはそこ。
とにかく一生懸命やることだと。

そして最もルーキーたちに言いたいのは「若い頃は打率重視ではなく打席数で貢献しよう。」

全盛期のイチロー選手ですら1シーズン戦って打率4割ということはなかった。私たちが仕事で10回のチャレンジで10回とも成功するなんてあり得ない。だから、失敗を恐れずに人より多く打席に立てることを目指してチャレンジすること。
会社や組織にとって貢献度が高く、評価できるのは、打数が多いことだと思う。打席が多いほど、成功数は多くなる(はず)。1つのヒットが100万円の貢献度だとするなら、2打数1安打の5割バッター(100万円)よりも10打数3安打の3割バッター(300万円)なのだ。
そのためには普段からコツコツと打席を積み重ねることが必要なのだ。

ひさびさにリハビリへ。早くゴルフやランニング生活に戻りたい!

Maëlle_Caborderie
(Photo:Maëlle_Caborderie)

久しぶりに病院へ。43日ぶり。回復状況の報告と最近調子が悪いところを説明して、自主訓練の方法を教えてもらうのが目的。どうも左右の肩のバランスが悪い。肩と腕のジョイント部分が痛くてうまく肩を回せない。ひとしきりマッサージを受けて、ストレッチのやり方を教わった。

あと、行くと必ず計るのが握力。
だいぶよくなってるんじゃないかなあと期待しつつ「むぎゅーーーーっ」と。
結果は↓の通り。
右:16.5kg,左:8.5kg
ちなみに
右:14.9kg,左:6.4kg(2/12)
右:5.0kg,左:0.0kg(12/2)
約1ヶ月半で右は10%、左は33%のアップ率といったところ。
意外と回復が遅い(比較対象がないので何とも言えないのですが)。

ギラン・バレー症候群という病気を発症したのが4ヶ月半前。
足腰、体幹はホント良くなって、小一時間歩き回っても大丈夫だし、短い距離をかる〜く走ったりできるのに、腕力と握力はまだまだ小学生低学年並というのが現実。
リハビリテーション科の部長さんの話だと、私のようなオッサン男性がストレスなく仕事や日常をこなすには左右とも20kgは必要。右がもう少しか。。。
2/20に実に3ヶ月ぶりに自分の力でペットボトルのキャップを開けることができたときは自分でも驚くほど喜んだ。が、コンスタントにペットボトルのキャップが開くわけではない。
皿洗いをしようとすると左手でお皿やカップが支えきれない。
筋力が低下しているため、生活の中でのさまざまな場面で手が攣ったり、足が攣ったり、腹筋が攣ったりする。そういう不便さはまだまだ解消していない。

正直なところ、抱えている不便さは決して心地良いものではない(当たり前)。できることが増えてきたら今度は次の欲求が出てくるため、壁にぶつかってはストレスを感じる。あまり「鬱」は感じたことがないが、長引くとおかしくなるだろうなあなんて思ったりもする。ただ、焦っても仕方がないので、自分の中で目標設定し、その目標に向かって回復メニューをこなしていくしかない。

今の自分の目標は以下の3つ。

  1. 6月までにはゴルフに行けるようになる。
  2. 7月にはTシャツで外に出られるよう筋肉を回復させる。
  3. 12月か来年の1月にはハーフマラソンに出場する。

生理的欲求なのか自己実現なのかわからないが、これらの目標を達成することを今は目指してます。
家族や友人もそんな溌剌とした私を早く見たいはずだ!
という勝手な気持ちを強く思いながら前に進んで行きます。